#345 ブログ書かなきゃだ

前回のブログで取り上げた國澤(2022)では、これまで「Vなきゃ」が「Vなきゃならない」の省略形として扱われ、両者が同義とされてきたことに疑問を投げかけています。例えば、話し手が自分の決意を表明する場面において「全部食べなきゃ!」とは言えても、「全部食べなきゃならない!」とは言い切れません。このように「全部食べなきゃ」と「全部食べなきゃならない」が必ずしも同義とは言えない点に焦点をあて、さらに近年見られる「全部食べなきゃだ」のように、動詞述語文では通常使われないはずの「ダ」が付加される現象についても分析しています。 ...

2026-7-21

#344 よろしくです!

昨日、名探偵コナンのアニメを見ていた時のことです。作中で安室透がカフェ店員の同僚である梓さんにおつかいを頼むシーンがあり、そこで彼が「よろしくです」と言ったことに少し違和感を覚えました。 ...

2026-7-20

#343 男消し構文について

昨日の朝日新聞朝刊の「Re:Ron」から、『「男消し構文」日韓のメディアに』というタイトルで面白い記事を見つけました。 「男消し構文」とは、報道において加害者や被害者が女性だと性別が強調される一方で、男性は性別を書かれないという非対称な表現を示す言葉だそうです。 ...

2026-7-19

#342 方言に世界観をみる

7月18日は「地球ことば村」7月のことばのサロンにて、谷口ジョイ先生の講演「『言語の島』井川(いかわ)でのフィールドワーク」に参加しました。 先生のご著書『ある言語学者の事件簿』は精読というより乱読にとどまっていましたが、本の中での書きぶりよりも、先生のお話し方がとても落ち着いていられて素敵だったことも印象に残っています。 ...

2026-7-18

#341 メディア別「翻訳」

本日の朝日新聞の朝刊で、クリエーティブディレクターの辻愛沙子さんの連載「パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで」より、「個人の発信支え 対話育むハブに」という記事を読みました。なんと調べてみると、辻さんは私と同い年で、大学も同じということが分かり驚いています。 ...

2026-7-17

#340 社会語用論について

「社会語用論」について、色々とその名の出る論文を読んでいました。 小野寺(2006)では、「歴史語用論」の分野の成立過程や、守備範囲とする時代区分、研究対象となってきた言語やトピック、さらにはデータの制約などが丁寧にまとめられていました。歴史語用論は、歴史言語学の伝統的な方法論と、語用論において発達してきた方法論を組み合わせることで、歴史的言語データの分析と言語の発達の分析に新たな視点を持って取り組む分野です。そこでは、現在より前の時代のコミュニケーションを、発話行為や含意、ポライトネス、談話標識といった語用論的現象を通じて描写していきます。何よりも「language in use(ことばの使用)」を研究の中心として捉える明確な姿勢が示されているのが印象的でした。 ...

2026-7-16

#339 モチモチもいろいろ

今朝の朝日新聞の「リレーおぴにおん」に掲載されていた、絵本作家・イラストレーターのきのとりこさんの寄稿「『モチモチ』英語で味わうなら」を楽しく拝読しました。 ...

2026-7-15

#338 親を何と呼ぶか

石黒(2013)の研究では、男子と女子がそれぞれ父親や母親をどのように呼ぶのかを調査しているのですが、その比較がとても興味深いものです。 この研究によると、男子のほうが社会化が早く進み、親との距離をできるだけ遠ざけるような名称を選ぶ傾向があります。一方で、女子のほうは呼び方の変化があまりなく、親との距離を近づけるような親しげな名称を選ぶといいます。 ...

2026-7-14

#337 企業コミュニケーションにおける文脈

高広(2021)は、企業のコミュニケーション活動において、メッセージの送り手と受け手の間のコンテクストの違いから「齟齬が起きる(時に炎上する)」と指摘し、コンテクストの重要性について語用論や関連性理論などの言語学的視点を踏まえて考えています。 ...

2026-7-13

#336 日本語の二人称について

朝日新聞の「その呼ばれ方、不快?」(7月8日)という記事では、日常の多様な呼びかけに対する一般の方々の声が紹介されていました。 たとえば、お店で「お姉さん」と呼びかけられたノンバイナリーの方が違和感を覚えたという声や、かつて結婚して子どもがいることが一般的とされた時代に、知らない大人から「お父さん・お母さん」と呼ばれることに「無理やり他人の空間に入れられるような感覚」を抱いたという意見です。その一方で、見ず知らずの人への呼びかけが「あの」や「すいません」くらいしか思い浮かばない現状を踏まえると、そうした従来の呼び方も、かつては他人を思いやる一つの形だったのかもしれないという指摘もありました。また、上司から「キミ」と呼ばれた際、「名前で呼んでほしい」という意思表示としてあえて返事をせず無視した、という女性のエピソードも綴られていました。 ...

2026-7-12