#1 ブログをはじめます♪

今日から日々の生活の中でのことばの気づきをここにしたためていきたいと思います。「いのほた言語学チャンネル」に再出演させていただいた際、お2人がそれぞれにエネルギッシュに、そして楽しそうに発信を続けている姿に感銘を受けました。これまでの、そしてこれからの学びをもとに、気になる「ことば」のあり様を共有していけたらと思います♪ ...

2025-8-1

#10 話し手 vs. 聞き手

前にプレゼンテーションの記事の中で「聞き手の影響力」について書きました。話し手のスタイルや内容は、聞き手の関わり方によっても変わってくる、つまり聞き手にも”責任”がある、という見方でした。 ...

2025-8-1

#11 明かすことと隠すこと(1)

ブックログ の方で、瀬戸内寂聴の『あきらめない人生』の「みそかごと」という話を印象に残った箇所として紹介しました。 そこでは、披露宴で二人の関係をオープンにすることで、かえって未知なるものに感じるわくわくや興味を失ってしまう。逆にいえば、みそかごとに惹かれる私たちの性(さが)について書かれていました。 ...

2025-8-1

#12 明かすことと隠すこと(2)

昨日の話題に引き続き、今日は自己開示(self-disclosure)について、分かっていることをまとめてみたいと思います。 初対面会話は、お互い未知な状態から始まるため、自分について話すことが必ず求められる場面です。どこまでの情報を公開し、どのように展開していくのか。そうした自己開示のエッセンスを見せてくれるデータだと思います。 ...

2025-8-1

#13 もしもし、読んでいただけますか?

8月22日の『チコちゃんに叱られる』では、「電話で『もしもし』と言うのはなぜか?」という話題が取り上げられていました。答えは「『おいおい』が不快だったから」というもの。その由来については、辞書編纂者の飯間浩明さんが解説されていました。NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で辞書編纂の壮絶な過程を見て衝撃を受けたことを思い出します。 ...

2025-8-1

#14 本音が言いにくい

最近、話し手の発話、特に「評価」や「意見の提示」といったものが、ハラスメントやマウントと受け取られて非難される場面が増えているように思います。 ...

2025-8-1

#15 相槌もタタミゼか

知り合いのアメリカ人の先生に、相槌をよく打つ方がいます。 久保田(1998)では、日米を比較したとき、日本人はアメリカ人の約2倍も相槌を打つことが明らかにされています(Maynald, 1986; White, 1989)。また、羅・定延(2015)もこれまでの研究を振り返りながら、日本語は他の言語に比べて相槌が多く、それが「思いやり」行動として理解されてきたことを示しています。さらに、日本語学習者においては、相槌の頻度が日本語力を測る一つの尺度とされてきたことも紹介されています。 ...

2025-8-1

#17 思いやりもいろいろ

前回 は、日本の典型的なオフィス空間とそこで生まれるコミュニケーションについてご紹介しました。部署ごとの大部屋で上司と部下が同じ空間で働き、机には仕切りや衝立がないため、電話の内容や雑談が自然と耳に入ってきます。アメリカやドイツのように個別の空間が確保されたオフィスと比べると、「漏れ聞こえる」「察する」といった形のコミュニケーションがより重要になってくるのです。須田(2004)はこれを、日本の高コンテクスト文化を示す好例として挙げていました。今日は、この高コンテクスト文化と低コンテクスト文化の違いについてまとめてみます。 ...

2025-8-1

#18 おまかせにホッとする

昨日の記事 では、高コンテクスト文化と低コンテクスト文化の説明をし、実際に招待客に飲み物をすすめる場面でそれぞれの文化がどのように振る舞うかを紹介しました。 ...

2025-8-1

#19  世界の切り取り方

いのほた言語学チャンネル で、英語の wear について、日本語との感覚の違いを取り上げていただきました。 このテーマは、杉野服飾大学1年生のオムニバス授業でも扱っていて、「言語間の共通性と相違点」のうち、相違点の例として紹介しています。日本語と英語では、何に価値を見出し、どこで意味を切り分けるか、その分節の仕方が異なることを説明しています。 ...

2025-8-1