#70 からだの感覚とことば

千本ノックの記事をきっかけに、斉藤孝『身体感覚を取り戻す―腰・ハラ文化の再生―』を楽しく読み進めています。 第2章「失われゆく『からだ言葉』と身体感覚」では、からだの動きとそれを表現する言葉がセットになって文化を作り上げており、日本語にはからだの微妙なニュアンスをあらわす「からだ言葉」が豊富にある一方で、現在では使われなくなってきている言葉も多いと指摘されています。 ...

2025-10-1

#71 人名の由来

中村桃子先生の『「自分らしさ」と日本語』を読んでいて、「アメリカの命名と日本の命名の違い」に目が留まりました。 日本では、漢字やひらがなの意味・音・字画を意識して組み合わせることで、新しい名前を作ることが多いのに対し、アメリカなどのキリスト教圏では、いくつかある聖人の名前から選ぶのが一般的だそうです。 ...

2025-10-1

#72 古典を読む(1)Benjamin Whorf

サピア・ウォーフ仮説で知られるBenjamin Whorfの論文 “The Relation of Habitual Thought and Behavior to Language” を、授業で扱う予定があり読み直しました。冒頭の章 “The name of the situation as affecting behavior” では、ウォーフが火災保険会社で働いていたときの経験をもとに、名称が人の行動に与える影響について語っています。 ...

2025-10-1

#73 古典を読む(2)Benjamin Whorf

昨日の記事の続きで、今日もウォーフの論文をまとめていきます。ウォーフは、ホピ語と西欧語の比較から見えてくる重要な点を、次のように述べています。 ...

2025-10-1

#74 古典を読む(3)Benjamin Whorf

形のないものを形のあるもので喩える、つまり比喩的に対象化する方法は、Standard Average European(SAE)の言語ではごく自然に行われています。ウォーフは次のように述べています。 ...

2025-10-1

#75 通訳の大変さ

大学での仕事の中で、ごくまれに英語の通訳を担当することがあります。フランスやイタリアから来る方々を迎えることが多く、いわゆるノンネイティブスピーカー同士の通訳になることがほとんどです。正直に言うと、通訳は本職ではないので「私にはできません」と言いたくなる瞬間もありますが、そこはぐっとこらえて、なんとか楽しみながら引き受けています。実際、通訳は言語能力そのものよりも、言葉を媒介にしたコミュニケーションを続けようとする意欲のほうが重要だと感じます。もちろん、高度で専門的な内容になると別ですが、危険性がない範囲なら、言い換えながら工夫して伝えられるものです。 ...

2025-10-1

#76 トーカティブな私たち

昨日からイタリアの大学に通う学生の通訳をしていますが、彼女は特にコミュニケーションの取り方の違いに驚いている様子でした。 今日は日本全国から学生が集まっていたのですが、まず、出番を待つ控室で誰も会話をしていないことにびっくりしていました。「なんでこんなに静かなの!イタリアだったらすぐに話し始めるのに」と不思議そうに、でもその違いを感じて楽しそうに話していました。 ...

2025-10-1

#77 objectifyとreify

以前、ウォーフの議論の中で、ホピ語に比べて英語などの Standard Average European(SAE)の言語が objectify(対象化)する傾向が強いという点に触れました。この傾向はさまざまなところに見られ、たとえば「時」や「程度」といった目に見えない概念を表す際にも、物理的な単位を用いる形で表れるとされています。 ...

2025-10-1

#78 状況におけるモノとコト

最近、ウォーフの話が自分の中でかなり尾を引いています。 明日の授業で取り上げる予定なのですが、英語をはじめとするSAEが対象化の志向(objectifying)を持ち、ホピ語が出来事そのままを捉える(eventing)という指摘に関連して、英語と日本語を対照したときに見えてくる感覚の違いについて、金谷(2019)でも似たような話が触れられていたので、ここにまとめておきたいと思います。 ...

2025-10-1

#79 何が彼女をそうさせたのか

地球ことば村の10月のサロンでは、知り合いのポリナさんと井上逸兵先生による対談「言語学との出会い・日本語との出会い・ウクライナ語と日本語」が行われました。 ...

2025-10-1