#266 悪魔の辞典と再会

『笑いの力』を読んでいて、その中の「文学と笑い」のセクション(筒井康隆)でアンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』が出てきました。 この本については、野村益寛氏の『ファンダメンタル認知言語学』でも触れられていた記憶があります。「意味とは何か」を考える章で、事態をどう見るかという「捉え方(construal)」との関連でコラムとして紹介されていたはずです(あいにく連休中で手元に本がなく、詳細を確認できないのがもどかしいのですが)。そのときは、確かに絶対の意味は存在しなくて、その時代だったり、その人ならではの「捉え方」が意味に含まれているのだ、という理解をしたと記憶しています。 ...

2026-5-3

#190 意味の公共性

三木(2019)を読みながら、「話し手の意味の公共性」という概念について考えています。 これは、私自身、日ごろからかなり意識している問題でもあります。言語学の理論としてというよりも、日常のさまざまなコミュニケーションにおいて、いちばん重要なことの一つではないかと思っているテーマです。簡単に言えば、誰かが何かを発言し、それを誰かが聞いているとき、話し手はその意味に対して責任を持たなければならない、ということです。言わないという選択をするのか、それとも言って、その結果を引き受けるのか。私はいつも、その二択だと思っています。 ...

2026-2-16