10月28日の朝日新聞朝刊で、差別に関わる言葉の使用について研究者が意見を述べている記事を読みました。

記事のなかで、応用言語学者のクレシーニ・アン先生は、「外人」という言葉が差別的であるとして使われなくなってきた一方で、「外国人」という言葉の使い方にも危うさを感じていると指摘されています。これは、マナー違反の観光客や超過滞在する技能実習生の話題において、政府やメディアが「観光客問題」や「不法滞在問題」と個別化せず、「外国人問題」や「外国人対策」といった言葉でまとめて報じることがあるためです。

また、社会言語学者の大塚生子先生の記事では、「こんなことを言ったらよくないんだろうけど」といった前置きをして特定の集団への偏見を口にする人が取り上げられています。前置きによって差別主義者ではないことを示そうとしても、続く発言の差別性が消えるわけではないと主張されています。

以前のブログで、私は「これを言ったらセクハラになるかもしれないけど」のようにこれから言うことの方向づけを行う表現を「逃げの前置き表現」と評しましたが、今回の記事では「差別を否定する姿勢を示しながら、差別的な発言をする。こうした言語行動は『差別否定のストラテジー』と呼ばれます」と説明されていました。

さらに記事では、聞き手がたとえ肯定の意味でなくても相槌を打ってしまうと、その発言が問い直されることなく受け入れられたかのように見えてしまい、差別の再生産につながってしまうという点も指摘されています。相手に配慮し対立を避けようとすることが、結果として差別的な見方を問い直さないことにつながってしまうかもしれません。そうした再生産に関わり得る自分を日頃から意識することが重要なのだと感じさせられました。


参考
https://www.asahi.com/articles/DA3S16576022.html

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