自己開示の度合いについては、私自身にとっても大きな課題のひとつだと感じています。かつての私は「自分の中で絶対に揺るがない軸があるものしか開示しない」というポリシーを持っており、相手が誰であってもその基準を変えることはしていませんでした。
しかしある時、その姿勢が相手に「冷たい」と受け取られてしまう出来事がありました。相手が心を開いて自己開示してくれているレベルに対して、私が同じように開示できていなかったこと。そして相手は仲が良いからこそ、他の人以上にもっと私を知りたいと求めてくれていたこと。そうした気持ちのすれ違いに直面し、自分は冷たい人間なのではないかと深く反省するとともに、自身の自己開示のあり方を見つめ直すきっかけとなりました。
自己開示といえば、八代他(2001)による異文化コミュニケーションの研究でも、初対面における開示内容や言語文化の違いについて興味深い指摘がなされています。
私たちは普段の自己紹介で、出身地や学歴、勤務先、家族構成といった客観的なプロフィールを話しますが、自分にとって何が大切か、何を誇りに思っているかといった内面まではあまり話さない傾向があります。しかし本来、そうした個人的な価値観まで踏み込んで伝えることこそが「自己開示」と呼ばれます。
この文献によると、日本人の自己開示は一般論や障りのない話題を好む特徴があります。お酒の席で本音を吐露することがあっても、それはあくまで「ウチ(身内)」の人間関係に限られたものです。一方で、多民族・多文化な社会をはじめとする多くの文化圏では、人々が良好な人間関係を築いていくために自己開示が非常に重要な役割を果たしています。
また、日米の自己開示行動を比較したバーンランドの研究も紹介されており、他人に知られている自分(パブリック・セルフ)の範囲は日本人のほうがアメリカ人よりも狭く、自分しか知らない自分(プライベート・セルフ)の範囲は日本人のほうが大きいという結論が示されています。
その結果として、欧米や他のアジア諸国の人々から、日本人は「なかなか打ち解けてくれない」「心を開かない」「閉鎖的だ」と受け取られてしまうことも少なくありません。国際社会においては、相手が自己開示をしてくれたら自分からも同じように開示を返すことが、人間関係におけるひとつのマナーや礼儀とされているのです。
参考
八代京子・荒木晶子・樋口容視子・山本志都・小池浩子(2001)『異文化コミュニケーション・ワークブック』三修社.
Barnlund, D. C. (1975). Public and Private Self in Japan and the United States: Communicative Styles of Two Cultures. Tokyo: Simul Press.
Keywords
自己開示