久しぶりに「スコポス理論」という言葉を耳にしたのですが、どのような内容だったか整理したくなったため、河原(2015)を参考に理論の成立背景も含めてまとめてみることにしました。

「スコポス」とは、ギリシャ語で「目標」や「目的」を意味する言葉です。スコポス理論では、起点テクスト(原文)をA、目標テクスト(訳文)をBとしたとき、翻訳は目標テクストが担う機能や目的を達成するように行われるべきだ、と考えます。この立場において、起点テクストは単なる情報提供機能を持つものに過ぎず、翻訳というコミュニケーション行為を通じて、翻訳先の読者へと情報が届けられることになります。

このように考えると、起点テクストの訳出方法は決して一つではなく、目的に応じて説明を補うなどの柔軟なアプローチが可能になります。つまり、スコポス理論は翻訳者の役割を大きく拡張することを認める立場なのです。

分かりやすい例として、Wikipediaに掲載されている「How are you today?」という英文の訳出が挙げられます。日常の挨拶として使われている場合であれば「こんにちは」と訳されますが、病院で看護師が患者に対して尋ねている場面であれば「ご気分はいかがですか?」と訳すのが適切となります。

このような考え方は、翻訳を行為として捉える「翻訳的行為(translational action)」の概念とも親和性が高いと言われています。

こうした理論が生まれた背景には、当時の実際の翻訳現場において、単なる言語の置き換えにとどまらない対応が求められており、ローカリゼーション産業なども視野に入れた理論化が必要だったという事情があったこと、さらに、この理論がドイツで提唱された際、翻訳者や通訳者の養成が独立した学問領域としてふさわしいかどうかという議論がなされていたこととも関係しているそうです。

その中で、翻訳者とは単に「言語テクストを再現する存在」ではなく、「広く異文化コミュニケーション行為を担う主体である」と強く主張する必要があったことが、理論の成立を後押ししたと説明されています。


参考
河原清志. (2015). 西洋の翻訳理論の重要論点とその社会文化史的連関. 翻訳研究への招待, 14, 85-105.

Keywords
翻訳、スコポス理論