井出(1988)の「アメリカ英語の敬語」に関する論考を読んでいたのですが、そこでは日本語特有と考えられがちな敬語の定義を拡張し、日英語における敬語の性質の違いがわかりやすく説明されていました。

コミュニケーションにおいては、単に情報を伝えるだけでなく、円滑なやり取りを行うために話し手が相手や場面に対して示す「心くばり」も同時に伝達されています。日本語の尊敬語、謙譲語、丁寧語といった狭義の敬語はそうした配慮の一形態に過ぎず、配慮の手段はそれ以外にも存在します。そのため本論考では、敬語を「円滑なコミュニケーションをはかるために、話し手が相手や場面に対して示す心くばりの言語による表現手段である」と幅広く定義しています。

日本語と英語の違いは、敬語における2つの方式の「比重」にあります。その2つとは「わきまえ方式」と「働きかけ方式」であり、日本語は前者に、英語は後者に比重が置かれるのが特徴です。

「わきまえ方式」とは、日本語で目上の人に尊敬語を使ったり、英語で先生を「Professor Smith」と称号付きで呼んだりするように、社会的に規定された人間関係や場面の決まりに従って言葉を選ぶことを指します。一方、「働きかけ方式」は、頼み事をする前に相手のヘアスタイルを褒めて気分を良くさせたり、緊張した場面で冗談を言って場を和ませたりするなど、相手への気遣いを能動的に示すアプローチです。

この「働きかけ方式」が日本語話者にとって難しく感じられるのは、「この言語形式を使えば敬語になる」という定型が存在せず、その場に応じた適切な内容を自分で考えて発言しなければならない点にあります。

論考で挙げられていた象徴的な例が、1983年3月にイギリスのエリザベス女王がアメリカを訪問した際の公式晩さん会でのスピーチです。当日はあいにくの大雨に見舞われていましたが、女王は「渡米前から、我が国の伝統の多くがアメリカに輸出されていることは知っておりましたが、天候までそのひとつだったとは気づきませんでした」とジョークを交えて挨拶されました。

論考の中では、「英語にとって大事なのは、わきまえの敬語より働きかけの敬語であること、日本人は敬語といえば自ずとわきまえ敬語を意識する」と述べられています。その場で臨機応変に機転を利かせて言葉を選ぶのは決して容易ではありませんが、それも大切な配慮の一環だと考えると、自分もこうした英語のコミュニケーション術をぜひ身につけたいと感じました。


参考
井出祥子 (1988).「アメリカ英語の敬語」比嘉正範・Nicholas J. Teele(編)『アメリカの言語文化 II:アメリカの社会と言語』放送大学教育振興会, pp. 41-52.

Keywords
敬語、わきまえ