10月8日の朝日新聞朝刊では、匿名・流動型犯罪グループ(匿流)による隠語を使った事件が取り上げられていました。ターゲットに関する案件情報は秘匿性の高い通信アプリでやりとりされており、記事内では金庫の保管場所をめぐる指示が紹介されています。具体的には「入口から入ってテーブルが2つあるので、(テーブルのイスに)座って右側の下に金子さん」と語られ、金庫のことを「金子さん」と呼んでいたそうです。

隠語が言語学の中でどのように扱われているのかについては、まだ詳細まで調べられていませんが、堀田隆一先生による記事「#2166. argot(隠語)の他律性」が参考になります。この記事では言語変種に関する議論が紹介されており、独立した言語変種が「自律性(autonomy)」を持つ一方で、標準的な言葉遣いに依存して作られる変種は「他律的(heteronomous)」であると説明されています。

また、argot(隠語)について「犯罪者の仲間うちで用いられる暗号的な言葉遣いであり、暗語や符牒とも呼ばれる。slangやjargonも特定の集団に用いられる言葉遣いであり、その点では似ているが、argotはとりわけ犯罪性と秘匿性が強い」と記載されています。その語形成や意味の構成、音韻過程などは、基盤となる標準的な言葉遣いからのあえての逸脱をはかっており、その意味で標準語に対して他律的かつ依存的であると言えます。

堀田先生の記事では、「女」という漢字のパーツ(く・ノ・一)に由来する「くのいち」が例に挙げられており、「女」という文字や概念に依存している点で他律的であると示されています。

では、今回の「金子さん」という表現はどうでしょうか。「金子さん」という隠語も、実際には標準語の「金庫」や「金(お金)」を基盤にしつつ、そこから意図的にずらしてカモフラージュしたものです。「金庫」や「金」という既存の標準語の意味・音韻に依存して成り立っていると考えれば、この「金子さん」も他律的な隠語の一種と言えるか…?と考えています。


参考
https://www.asahi.com/articles/DA3S16562454.html https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2015-04-02-1.html

Keywords
隠語