本日は、初めて対照言語行動学研究会に参加しています。
特に興味深く拝聴したのが、河原清志先生による「ガン闘病記を扱った読書会における応答行動の分析」です。参加者の方々が自身の経験や感情、死生観、価値判断などを語り合うなかで、とても印象的な事例がありました。それが「意味を確定しない語り」です。
例えば、ある話者がご自身の心境について「わからない、本当にわからない」と反復し、感情や意味を未確定なまま語る場面があります。そこへ周りの参加者は言葉で割り込まず、黙ってうなずき、数秒の沈黙が生まれます。そして沈黙のあと、最初の話し手が再び自らの言葉で話し始めるのです。
この現象について、研究では「第三者が意味を補完せず、話者自身が再び意味づける位置に残されている(語りなおしの保持)」と捉えられています。
「沈黙そのものがケアである」というよりは、「聞き手が安易に意味を補完せず、話し手に自分自身で意味づける可能性を残してあげること」こそがケアになる――この主張には深く共感すると同時に、「自分は普段のコミュニケーションでこの姿勢ができているだろうか」と、自らの振る舞いを省みる貴重な機会となりました。
研究会ではほかにも、ケアの実践を言語行動として捉え直すさまざまな事例が紹介されていましたが、今回の沈黙の事例が示すように、
「同じ沈黙、相づち、言い換え、問い返しであっても、機能は場によって異なる」ということ
相互ケアにおける応答は「先行発話―応答―後続発話」の連鎖のなかで見るべきだということ
特に「意味付けの権利」を誰の側に残すのかが重要であるということ
こうした学びは、自分の中でもずっと大切に持っておきたいコミュニケーションの実践だと感じています。
参考
河原清志(2026)読書会という活動共同体における応答行動の対照分析―「語りを閉じる応答」と「語りを開く応答」をめぐって-、第24回対照言語行動学研究会(JACSLA24)
Keywords
沈黙