以前の記事(#289 Look at that!)でも that の使い方について少し触れましたが、今回の「Me Firstの原則」について調べる中で再会し、あらためて this と that の深さを実感したのでメモとして残しておきます。

澤田(2013)では、本来なら this を使いそうな「話し手の近くにある対象」に対して、あえて that で指示しているデータが紹介されています。例えば、スヌーピーの作中で砂浜でお城を作っている相手に対し、「かっこいいお城ね」と声をかけるシーンでは、英語で “That’s a nice looking castle.” と表現されています。ここで指示されているお城は話し手の目の前にありますが、実際に触っているのは聞き手であり、対象が相手のコントロール下にあるため、話し手にとっては領域外とみなされます。つまり、この that は「聞き手領域指示のマーカー」として機能していると判断できるわけです。

そのほかにも、意味論的・語用論的な that の使用分類として、いくつかの興味深いパターンが挙げられています。全てではないですが、以下にまとめます。

まず、「ジェスチャー的対比用法」です。2つの対象が同じくらいの近距離にある場合、後から示す対象を that であえて遠隔化することがあります。例として “I broke this tooth first and then that one next."(最初にこちらの歯が折れて、次にそっちの歯が折れた)といった表現が紹介されています。

2つ目は「心理的距離用法」です。通常なら “What’s this?” と言う場面で、あえて “What’s that?” と表現することで、その対象に対する嫌悪感を表出できます(これは以前の記事でも触れた Lyons 1981 などの指摘と同様です)。スヌーピーの「どうしてこんなもの食べるんだ?(Why do I eat things like that?)」というセリフも可愛らしい例ですが、これら1つ目や2つ目の用法も、必ず that を使わなければならないというわけではない点には注意が必要です。

3つ目は「時間的距離用法」で、使い方を説明する前か後かによって “This is how you do it.” と “That’s how you do it.” が使い分けられるようなケースです。

そして、視点が聞き手側にあるときに使われる「聞き手への視点移動」の that です。例えば「この結び目がわかるかね?これは忘れ物防止のためだ」というセリフが “You see that knot? That is to prevent my forgetting.” と英訳されていたり、「こいつを見てみろ」が “Look at that.” になったりします。このような that が現れる文脈は、命令や依頼、確認など、聞き手との相互行為を前提とした「聞き手志向的」な発話であることが特徴です。

これについて文献では、「現場を共有している聞き手に向けた聞き手指向的な発話においては、話し手は、自身が手にする対象であっても、聞き手の視点に立った遠称指示詞によって指示することができる」と説明されています。さらに、その動機が「聞き手の『注意』を強く引くことにある」と書かれているのも非常に面白いポイントです。look at や see といった動詞と一緒に使われることが多いのも、深く納得がいきます。


参考
澤田淳. (2013). 視点, 文脈と指標性: 英語指示詞における聞き手への指標詞シフトの現象を中心に. 語用論研究 (15), 1-23.

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