言語とジェンダー研究をご専門とされている中村桃子先生のご講演動画を聞きました。これはJALT(全国語学教育学会)がYouTubeに「Momoko Nakamura: Gender Construction in Japanese Translation (JALT2018)」というタイトルで公開されているものです。

ご講演は中村先生のご著書『翻訳がつくる日本語』をベースに展開されており、非日本人の発話の翻訳が日本語そのものを形作っているという興味深い内容が述べられていました。

特に大きな発見として挙げられていたのが2点あります。1つ目は、非日本人女性の話し言葉がステレオタイプな女性語(stereotypical women’s language)へ翻訳されていること。20つ目は、非日本人男性のくだけた話し言葉が、非日本人男性しか使わない独特な表現(a peculiar speech used only by non-Japanese men)へ翻訳されていることです。

女性の表現に関して言えば、現実の日本人女性は「あら」「まあ」といった間投詞や、「あたし」という一人称、「〜かしら」「〜だわ」といった文末表現などの典型的な女性語をほとんど使用しません。動画では『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラや『ハリー・ポッター』のハーマイオニーなど様々な例が挙げられていましたが、特に印象的だったのが『エイリアン』のリプリーです。彼女のように精神的にも肉体的にも強く「戦うヒロイン」として描かれる女性ですら、映画全体を通して「やっつけたわ」「助かったのよ」といった典型的な女性語で翻訳されています。こうした翻訳が民族や国の境界を超えて定着することで、日本人女性のことばに紐づく「丁寧で間接的で柔らかい女性らしさ」が、あたかも世界中の女性に共通する生まれつきの属性であるかのように描かれていると指摘されています。

一方、男性の表現においては『ビバリーヒルズ高校白書』などを例に、「やあ、ぼくは〇〇だ」「ミネソタ経由さ」「腹は減ってないかい?」といった言葉遣いが非日本人男性の翻訳の特徴として示されます。しかし、これも実際の日本人男性は日常で使いません。ある研究例として、スポーツ選手へのインタビューで日本人男性は「〜さ」を使わないのに対し、全く同じ状況で答える非日本人男性のコメントには「〜さ」をつけて翻訳されている実態が紹介されていました。また、パロディなどで日本人男性が「〜さ」といった言葉遣いに肩をすくめる動作などを合わせて外国人の真似をすると、それが不自然でぎこちなく見え、笑いが生まれるという現象も観察されます。実際の日本人男性がこうしたスタイルを避ける背景には、翻訳によって「非日本人のカジュアルでクールな男性らしさ」と「日本人の男性らしさ」を明確に区別しようとする意識が働いているからではないか、と分析されていました。

最終的に中村先生は、非日本人女性の翻訳が「日本の女性語に結びついた女性らしさ」をあたかも当然のものとして定着(naturalize)させていると主張されています。そして非日本人男性のカジュアルな翻訳については、非日本人の姿と切り離すことで、結果として「礼儀正しくフォーマルであるべき」という日本人男性の理想像を裏付け、その価値を確固たるものにしている(legitimating)のだと締めくくられていました。


参考
https://youtu.be/Ez1uom9pL_M?si=yBVPSOzYREEg-6MI

Keywords
翻訳、ジェンダー