3日間家を空けていたため、たまった新聞をいっきに読みました。

これまでも「無痛分娩」から「鎮痛分娩」への変更など、呼び名の再検討に関する記事をいくつか目にしてきましたが、今回は言葉にするのも憚られるようなテーマについての記事でした(朝日新聞 9月11日朝刊「『心中』の使用、取りやめ『保護者の自殺伴う子の虐待死』に 国の専門委、変更」)。

記事によると、こども家庭庁の専門委員会が、これまで使ってきた「心中による虐待死」という表現を「保護者の自殺を伴うこどもの虐待死」に変更したとのことです。

相愛の男女が合意の上で命を絶つようなニュアンスも含む「心中」という言葉を使うと、子どもが殺害されてしまったという現実や責任を覆い隠してしまう、といった批判が背景にあったようです。たしかに言葉の印象として、前者は双方の合意があるように捉えられがちですが、子どもが自ら合意しているわけでは必ずしもありません。記事では、そうしたケースで子どもが亡くなる現状についても数値を示しながら伝えていました。

専門家の見解を読むと、「親の愛情ゆえの行為」として美化されてしまうリスクや、子どもをひとりの「権利の主体」として捉える重要性が指摘されています。海外に目を向けると、米国や豪州では「filicide suicide(子殺し自殺)」、韓国では「こども殺害後の極端な選択(自殺)」といった表現が使われているそうです。

国内でも取り組みが始まっており、横浜市の検証委員会では昨年「加害者自死と一体化したこども殺害」という表現に変更したとのことでした。なお、警察庁では現在「いわゆる無理心中」としており、今後さらに検討が進められていくと書かれていました。

(追記)filicideは手元の辞書には記載が見られなかったのですが、ラテン語の filius(息子)、filia(娘)を意味する単語と -cide(〜を殺すこと、殺害者)を結合した語だそう。


参考
朝日新聞. (2026年9月11日). 「心中」の使用、取りやめ 「保護者の自殺伴う子の虐待死」に 国の専門委、変更. 朝刊 1総合面, p. 1.

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