日本認知言語学会のシンポジウム「ひらかれる(認知)言語学」に参加してきました。井上逸兵先生、ゆる言語学ラジオの水野太貴先生、渋谷良方先生、八木橋宏勇先生という豪華な講師陣がお話しされた中で、今回は誤解を恐れずに、私個人として特に印象に残ったフレーズや内容を書き留めておきたいと思います。
まず、渋谷先生の「認知言語学を社会へひらく-使用・変異・分布から考える-」というお話では、考えてみれば当たり前かもしれないものの、言語使用は誰も同じように経験しないという事実を改めて認識させられました。社会言語学では言語使用を集団のものとして捉える傾向がありますが、経験が異なる個人にとって「変異」は必然であるというお言葉がとても印象的です。言語使用を考えることは同時に変異を考えることでもあり、個人の言語知識の分布(どの表現に、どのくらいの頻度で、どんな場面で触れてきたか)が「認知・言語・社会」をつないでいるのだと実感しました。集団ベースで見ることによる分かりやすさがある一方で、忘れずに持っておきたい大切な視点だと感じています。
八木橋先生の「破壊と創造がひらく認知言語学」からは、他の分野を知り取り込むことが認知言語学の存続と発展には不可欠だ、という強いメッセージを受け取りました。実例として、形式的な逸脱とされる「the reason is… because…」がある条件や談話的機能のもとではよく見られる点(壊して保つ)や、「kick the bucket」という定型表現が壊れて「bucket list」となり、死ぬ前に限らない「やりたいことリスト」へと拡張されていく点(壊して増やす)が挙げられていました。この「破壊されながら強くなる」という考え方を「反脆弱性」と結びつけていらしたのが非常に興味深く、言語が持つ「揺らぎの革新性」に深い魅力を感じました。
また、水野先生のお言葉で心に残っているのは、YouTubeで他の学問よりも言語学が扱いやすい理由についての視点です。言葉に対する疑問は誰もが共通して抱いているため、そもそも「問い」そのものを説明する必要がないとおっしゃっていて、言葉は誰にとってもいつまでも関心のある対象なのだと再確認させられました。
最後に井上先生が「言語学とはどのようなものか」を語られた際、「社会の変動を表しやすい学問」と表現されていたのがとても印象的でした。マスメディアから分散型メディアへの転換が「ノイズ」を可視化する一方で、アルゴリズムはその多様性からパターンを抽出し圧縮するものであること、そして認知言語学はまさにそうした「ノイズの中に意味を見いだしていく学問」であると触れられていました。登壇された皆様のお話を通じて、言葉の持つ無限の可能性と今後の研究の発展性を実感することができ、とても励まされる充実した時間となりました。
参考
日本認知言語学会第27回全国大会シンポジウム. 発表論文集.「ひらかれる(認知)言語学」239-255.
Keywords
認知言語学