私が普段よく使っている「パブリック・ディスコース」という言葉は、日本の文献ではあまり見かけることがありません。そのなかで目に留まったのが、小田(2013)です。

小田(2013)では、個人のレベルでそれぞれの知識や経験をもとに発信されたものが、いくつも交わる中で集団のディスコースへ、さらには社会のディスコースへと発展していくプロセスから、パブリック・ディスコースを捉えています。そしてそれが社会における共通知識となり、それを語るディスコースが形成され、継続して再生産されていきます。私自身も、この捉え方に賛同しています。

小田氏自身は、「英語」に関する言説(キム・ヨナ選手と浅田真央選手の差が「英語力」にあるという言説など)を例に挙げています。カフェで隣に座っていた客同士が交わしていたやりとりが、ちょうど同時期に発見したブログ記事の内容と似ていたことや、企業の英語社内公用語化の動きなども踏まえ、「外国語学習観」の形成がどのように引き起こされているのかという点に注目しています。

そこで本記事では、このパブリック・ディスコースの定義についてご紹介します。

小田(2013)によれば、パブリック・ディスコースとはもともとジャーナリズムやマスメディアの研究で使われている概念で、一般的には「世論」の同義語として考えられていることが多いとのことです。

世論とは、ある問題に関して多くの人が共通に抱いている集団的意見を指します。これは「初めは個人の次元の『私的な』意見として成立したものが、集団の次元へ、そして集団の次元から社会の次元に移され『次第に明確な形をととのえ、ますます強力なものへと結晶化されていくという過程をたどって実現されるもの』」(清水他,1992)と説明されています。

p.s. 本日から、日本認知言語学会に参加するため名古屋に来ております。早速ひつまぶしをいただきました…!美味しい😊


参考
小田眞幸. (2013). 外国語学習観と「共通知識」としてのディスコース―責任無き言説の循環構造に対応するには―. 論叢: 玉川大学文学部紀要, 2012(53), 89-100.
清水英夫他. (1992). マスコミュニケーション概論(第3次改訂版). 学陽書房.

Keywords
パブリック・ディスコース