テレビっこでドラマ好きとして、これまで多くの作品を観てきました。サブスクリプションを利用するようになってからは、日本の作品に限らず海外のドラマも幅広く視聴するようになりましたが、その中で強く印象に残っているのは、韓国ドラマや日本のドラマにおいて登場人物の「心の声」がきわめて多く用いられているという点です。

とりわけ韓国ドラマ『梨泰院クラス』は、その典型と言えると思います。「心の声」祭りと呼んでも過言ではないほどで、登場人物(特に主人公)が内面を吐露するだけでなく、心の声によって会話まで繰り広げられているのです。

たとえば、主人公パク・セロイが宿敵チャン・デヒと8年ぶりに再会する場面では、約2分半もの間、一切の言葉を交わさずにただ見つめ合う一方で、心の声による応酬が続きます。台詞を排し、沈黙の中で内面をぶつけ合う緊張感は、このドラマの魅力を際立たせる演出であり、韓国ドラマならではの特徴でもあると感じます(スクリプトは最後に載せています)。この手法によって、周囲の人物には共有されていない因縁の背景や、寡黙なセロイの心情が視聴者にだけ明らかにされる構造になっているのです。

一方、アメリカのドラマ(『Stranger Things』『Fringe』『Castle』『The Bold Type』など)を振り返ると、登場人物の感情を心の声で描く例はほとんど見当たりません。むしろ、やりとりや表情、行動を通して「見せる」ことによって内面を表現する傾向が強いように思われます。これは、“Show, don’t tell” という語りの技法が奨励されていることとも関連していそうです。

日本のドラマでは、心の声=ナレーションは馴染み深い表現手法です。『孤独のグルメ』や『ソロ活女子のすすめ』のように、料理や店舗の感想を心の声として提示する形式は広く用いられています。対照的に、アメリカの Somebody Feed Phil では、食事の感想はカメラに向かって視聴者に直接語ったり、同席者との会話やテレビ電話を通じて表現されたりと、第三者との対話を媒介に伝えられていました。すなわち、心の声に依拠せず、コミュニケーションの場を開いた形で提示する構造が見られます。これは平田オリザのいう「セミパブリック」に近い状態であり、外部の視点を介在させることで関係性や状況がより明確に伝わるのだと考えられます(『演劇入門』の中で言及されていと記憶)。

「心の声」をどのように扱うかは、文化的背景や表現技法と深く関わっていると考えられます。シェイクスピア劇には「傍白(Aside)」という技法があり(藤田 2014)、これはむしろ日本のドラマで見られる心の声ナレーションに近いものとして捉えることができると思います。

傍白とは,舞台上の他の登場人物には聞こえないという設定で,観客にだけ伝わる形で語られるセリフのこと。シェイクスピアの頃には,傍白を口にする登場人物が一歩,舞台の前に出て観客の方に近づく,というやり方で,それが傍白であるということを示していた。傍白により,観客は登場人物の心の中まで覗くことになるわけで,これも,クローディアスの「一方の目で泣き,もう一方の目で笑う」というセリフと同様,観客により多くの情報を与える技法の1つであるといえる。

加えて、日本のアニメ『サザエさん』に関する調査によれば、昭和から令和にかけて「心内語(声に出さない独り言)」は増加傾向にあると報告されています。作風がギャグ中心からリアルな心理描写へと変化したことに加え、登場人物の心情や状況を視聴者に分かりやすく伝える意図が背景にあると指摘されています(高橋 2023)。

簡単に調べた範囲では、日英語対照で心の声表現を扱った研究は見当たりませんでしたが、単なる演出技法の差異なのか、それとも言語文化的な違いを反映しているのか。さらには「分かりやすさ」という観点とも関わり、視聴者がどの程度まで説明を必要とするか、あるいは推論できると想定されているか。その理解力の前提の違いについても、考察の余地があるように思われます。


参考
藤田佳也 (2014). 非人文科学系の学生たちと『ハムレット』を体験する(1). 酪農学園大学紀要, 39(1), 11–19.
高橋愛子 (2023). アニメの心内吐露表現における時代的変化──『サザエさん』の「独り言」と「心内語」について──. 早稲田大学大学院文学研究科紀要, 68, 165–184.
平田オリザ (
1998
). 演劇入門. 講談社現代新書.

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