知り合いのアメリカ人の先生に、相槌をよく打つ方がいます。

久保田(1998)では、日米を比較したとき、日本人はアメリカ人の約2倍も相槌を打つことが明らかにされています(Maynald, 1986; White, 1989)。また、羅・定延(2015)もこれまでの研究を振り返りながら、日本語は他の言語に比べて相槌が多く、それが「思いやり」行動として理解されてきたことを示しています。さらに、日本語学習者においては、相槌の頻度が日本語力を測る一つの尺度とされてきたことも紹介されています。

先に述べたように、もし相槌が日本語力の一つの目安になっているのだとしたら、「打ちすぎる」くらいになってしまうのも納得がいきます。いわば過剰矯正(hyper-correction)のような現象です。つまり「これが正しい」と思っている形を過剰に一般化してしまい、本来なら必要のない場面にまで相槌を打ってしまう、ということです。

ただ不思議なのは、その先生の相槌の多さは確かに気がつくほどなのに、決して違和感がないことです。むしろ先生のお人柄と相まって、とても親しみやすく聞こえるのです。「一生懸命聞いてくれているんだ」と思わせてくれるのです。

ここで思い出したのが、鈴木孝夫先生の「タタミゼ(tatamiser)効果」という言葉です。もともとタタミゼはフランス語(erは動詞を表す)で、日本風の室内様式を取り入れることを指す、少し揶揄的な表現でした。鈴木先生はこれを転じて、日本語を話すことで世界が優しくなる現象を「タタミゼ効果」と呼ばれました。例えば、謝罪の言葉が増えるとか、相手への配慮が自然に表れるといったことです。

そう考えると、相槌の多さもまた一つのタタミゼなのかもしれません。

一方で、以前、日本に住んで10年ほどのアメリカ人の家を訪れたときのことを思い出します。日本の典型的なマンションの間取りなのに、家具の配置や雰囲気がまるで別世界のようで、不思議な気持ちになったのです。特に、畳の上にキングベッドが置かれているのを見たときには笑ってしまいました。まるでアメリカにいるような感覚になりました。

空間のつくり方とそこに表れる意識、そしてそれに基づくコミュニケーションの違いについても、明日は触れてみたいと思います。


参考
羅希・定延利之 (2016). 日本語の相づちの頻度とタイミングに関する総合的考察. 日本語音声コミュニケーション, 4, 23-
47.
久保田 真弓 (1998). 日本語会話にみられる「共話」の特徴―日本人とアメリカ人によるあいづち使用の比較から. 情報研究: 関西大学総合情報学部紀要, 9, 53-
73.
鈴木孝夫 (2019). 言語生態学者 鈴木孝夫講演集 世界を人間の目だけで見るのはもう止めよう. 冨山房インターナショナル. Maynard, S. K. (1986). The listener’s response in Japanese and English conversation. Sociolinguistic Newsletter, 13, 33-38. White, S. (1989). Backchannels across culture: A study of Americans and Japanese. Language Sociology, 18, 59-76.

Keywords
過剰矯正、タタミゼ、相槌