安心できる場所〈生きるスペース〉は、少しの願いやそれを共有する些細な会話から生じる。それをつい忙しさなどから省いてしまってないだろうか…と省みる機会になりました。
「くだらないことも含めて和気あいあいと、あるいはだらだらと意外な相手と話す余裕を僕たちは失ったのではないだろうか。効率化と競争を追求したときに、最初に切り捨てられるのが無駄に見えるものだろう。『無駄話』という名称が示すように、切り捨てられる第一候補が会話なのである。」
会話と対話は分けられているのですが、その関係は以下のように指摘されています。
「どんな話題でも気軽に語ることを許す会話の拡がりが土壌としてあるとき、対話によって深刻な問題に直面することができる。」
「時計の時間を離れたゆとり」
を持っていたいなと思います。